2007.06.01
実家で飼っていた愛犬・ブックが死にそうだ、という連絡を受けた僕は、彼女から「バイクで帰ってあげなよ」といわれる。ブックは、僕の2ストのバイクが吐き出すエンジン音が何より大好きだったのだ。4年近く乗っていなかったバイク。彼女と一緒にキャブレターを分解し、そこで、僕は彼女に「結婚しよう」と告げた。彼女は、1年間(結婚の)練習をしよう、といってくれた。愛犬も一命を取り留めた。愛犬→バイク修理 →プロポーズ??。幸せの連続線」はこのままどこまでも続くんだ、と思っていた。ずっとずっと続くんだと思っていた。精緻にしてキュート、清冽で伸びやか。今、最注目の野間文芸新人賞作家が放つ恋愛長編。(amazon紹介文より)
「やあ」と、彼女は言った。「嫁に来たよ」
リュックを背負い、白いチューリップハットを被った彼女が、
右手をさしだした。
「ふつつかものですが、どうぞよろしく」
「とんでもない。こちらこそよろしく」
長くて固い握手を僕らは交わした。これをもって結婚の儀とする、
固い握手だった。
「世界の中心で愛を叫ぶ」と被る印象が多い。セカチューは読んでいないしこれからも読むことはないだろうけれど、ぼくはきっとこっちのほうが好き。中村航は、サラリーマンのささやかな(しかし本人にとっては大きな)幸せを描くのがとても上手い。いや、上手いというのとも少し違うような気がする。うまく言葉にならないが、この著者だから出ている色・空気感がそこにはある。
エンタテイメントに偏りすぎている感はあるが、あまり嫌な気はしなかった。ただやはりこれまでの著作の方(夏休み・リレキショあたり)が好みではある。前半の、現実の匂いとして感じ取ることができそうなくらいの(匂いが色として文章から発散されているような)幸せムードが心地よかっただけに、後半は辛かった。
読了更新が重なっているけれど、一日に何冊も読んだわけではなくて、読みたい本がいくつかある場合はそのうちの二冊を平行して読む癖があるため。
表装をデカデカと載せてあるのは、本を表装で覚えているから。表装を見れば、それがキーとなり内容を思い出せることが多い。少しの引用もそれを助ける。ライフログとしては正しい使い方だと確信してる。
そもそもこの読了記録ってやつが、ぼくがいつか読み返すためだけにあるものなので、ご容赦いただきたい。
そして、きみだ。ゼロ地点にいるきみだ。きみたちだ。カナシーと秋山徳人だ。
きみたちは、長い、長い、長い話をしている。
それは意気投合だった。奇跡的に邂逅して、きみたちは意気投合した。カナシーは我知らず、じゃ、つぎの曲、と言った。秋山徳人は、演奏を傾聴するカナシーを前に、真剣に心をこめて演奏して、それから、いろいろ話した。演奏の合間に、雑談した。真剣な無駄話だ。
(略)
その時、すべてははじまっていた。すべてだ。全部だ。そこはゼロ地点で、だから世界の中心で、そこから一切が弾けている。
この作品が第19回三島由紀夫賞だと知ったのは読了後。図書館をぶらついているときに、目に付いた表装が綺麗だったので読んだ。古川日出男氏の著作は初めて。この作品から入ることが、いいことなのか悪いことなのかはわからない。氏のスタイルはなんとなく掴めたし、それは結構自分にマッチするものだったのだけれど、もう二冊ほど読んでみないことにはなんとも言えない。
好き嫌いが別れるだろうな、というような作風だと感じる。ぼくが好きになるものはだいたいがそういう向きに寄る傾向があるようだ。
誰かに本を薦めるなんて行為、できる気がしない。
「ちょっと二行だけ読んでみて。それで気に入ったら、読むといいよ」が精一杯か。
舞城王太郎にせよ森博嗣にせよ鈴木清剛にせよ本多孝好にせよ、村上春樹にせよ、初めの二行を読んだときにはもう好きになっていた。
その夢を見ているのかもしれない。だから、図書館や立ち読みが好きなんだろうと思う。
マンガ夜話のイノセンス特集を見てテンション上がったので、免許の学科試験を犠牲にして見た。たぶん四回目。
人の好き嫌いはそれぞれだって理解してるつもりだけど、この作品を叩く人の気が知れないというのが正直なところ。そりゃまあ叩く方向にもよるけど、まあなんだ、ハリウッド物見て喜べるんならそれはそれでいいことなんだと思う。コストパフォーマンス自慢できるよね。
まあ一般受けしないのは、どうしようもないか。「わからない」っていうけど、ならどうして二回三回と見ようとしないのか。このあたりってテレビのせいだと思うんだけど、文句言ったって仕方がないし、ぼくは特に損しないので気にしないでおこう。
押井監督のすごく興味深いコメントを見つけたのでメモ。
「鉛筆で書こうが、CGでやろうが、人の形を写し取るという行為としては全く同じ。であるなら、表現力で圧倒的有利である、セルアニメ方式のキャラクタを私は選ぶ。CGのキャラクタに魂が感じられないのは、現状における3Dアニメータの技術力のレベルと、観客の映像体験に基づく映像補完能力の差に過ぎないのであって、本質的な問題ではないと思う。」
かなり丁寧なコメントだと思う。やっぱり3Dがスタンダードになったその後まで見据えてるのね。確かに3D映像の体験に基づく補完能力っていう点では、ぼくらあたりの3Dゲームが出始めた世代と、ぼくらの親の世代で、けっこう顕著な差が現れていると感じる。ぼくらの子の世代になれば、もっと変わるだろう。
イノセンスは、ブルーレイディスクでも発売されてるらしい。これはBDで見たい。よくある「ほらこんな芝の一本一本まで」みたいな大自然の映像なんかちっとも見たくないし、そんな需要が存在することが信じられないのだけど、こういう作品は限界まで解像度を上げる価値があると確信してる。
こだわりが凄すぎて、なんかもう変態。
もちろん、変態っていうのは褒め言葉。