2007.11.03
明日吹く風のことを考えても仕方がない。ぼくは明日の天気予報すら知らない。
2007年11月2日。六時半に起きた。トーストを半分だけ食べた。RSSをだらだら見て、シリコンオーディオに適当にジャズを突っ込んで家を出た。とても寒い。明日はマフラーをしてもいいな、と思った。ぼくは手袋をもっていない。九時過ぎの電車はよくわからない大学生ふうの人たちで埋まっていた。みんながみんな、誰かが誰かの顔見知りであるかのように見えた。実際にそうなのかもしれない。音量を上げた。ジョン・コルトレーンがアドリブに入った。朝から図書館に行くのも悪くないな、と思った。

十時前の市立図書館はすごく澄んでいて、なんというか、詩的だった。80年代の直木賞みたいだ。『十時前の市立図書館』。間違いなく音漏れはないのに、どうしてかこの静けさに申し訳がないような気がして、イヤホンを外した。いつも立ち寄るいくつかの棚をチェックして、次に借りるべき本を見定める。ぼくは図書館でも本屋でも、本がたくさんあってそれを読むことが出来るという空間が好きで、およそ自分の興味のある分野の棚に関しては、だいたいどんな蔵書があるのかを覚えてしまう。ざっと眺めれば、自然と増えた本に目が向かう。便利な仕組みだ。
将来はできれば何か挑戦的なことをしてみたい(どこかのベンチャーに混ぜてもらうとか)のだけれど、それに失敗したら、司書さんになるのもいいな、とおもった。あるいはぼくの持つ少ないながらも幾らかは専門的な知識と、図書館や本屋というこの先の30年ほどで大きい変革を強制されるであろう空間とを組み合わせた、新しい職業的価値を生み出せるかもしれない。司書2.0だ。かっこいいね。(もちろんそれぐらいのことはみんな考えてる)平日の午前の図書館という空間には、そんなことを考えさせてしまう魔力がある。
ジャズに関する本を三十分ほど読んだら、突然に『文学』、括弧付きの文学、50年以上前から残っていて、この先もずっと残っているだろう文学、を読みたくなった。図書館内で探してみたけれど、個人の文学全集ばかりで良い感じの文学選集がなかった。西友の百円均一で付箋を買った。12時前だったと思う。平日の昼前の西友には、あまり行きたいとは思えない。
学校では学園祭の準備をしていた。なんと、学園祭があるんだ。湯煙温泉の打ち間違えじゃない。正真正銘の、学校行事としての、公式で公平な学園祭だ。学校付属の図書館に行って、ちくま文学の森を二冊借り、その場で五分の一ほど読んだ。図書館の向かいでは放送部と軽音部がすさまじい音で機材の調整をしていた。ギター、ベース、ドラム、もういちどベース。研究室は無人だった。コーヒーを淹れてニコニコ動画でNHKスペシャルを見ていると、ノックの音に続いて、詰襟を着た少年がキャベツを25玉持ってやって来た。これはノンフィクションだ。学園祭での出店の、材料置き場に指定されたらしい。追って1ダースのオリバーソースと、冷蔵庫いっぱいの卵、冷凍庫いっぱいの豚肉がやって来た。戦争でも始める気らしい。

19時ごろ、およそ満足して学校を出た。駐車場にはいつの間にか、明日の学園祭のステージが組みあがっていた。ぼくの知らない間に、ぼくの知らないことが、たくさん起きている。知らない間に知ってることが起きるよりはいい。人の多い急行をわざとやり過ごして、各駅停車に乗り込んだ。乗り換え駅で二十分も待たされたけれど、ぼくにはコルトレーンとちくま文学の森があった。ヘッセの「ラテン語学校生」だったと思う。練乳みたいに甘いのだけれどガラスみたいに切れ味がいい、セクシーな話だ。そしていつものように、挫折から終幕へ向かう。
自宅でご飯を食べた(何を食べたんだっけ?)。21時だった。こんな時間に部屋にいるのは、久しぶりな気がして落ち着かない。お酒が飲みたかった。携帯を開いたところで億劫になった。なし崩し的にPCを触って(何をしたんだっけ?)、明日は何をしようか考えた。いろんな思考があった気がするのだけれど、最終的には「なるようにしよう」といういつもの位置に落ち着いた。悪い癖だ。0時半にベッドへ潜り込んで、携帯で数独をした。一問と半分を解いたところで眠気がやって来たので、眠った。明日吹く風のことを考えても仕方がない。ぼくは明日の天気予報すら知らない。
「誰かとセックスしている夢を見ている人」を眺めるという、奇妙な夢を見た。今思えば、今日のできごとを暗示していたのかもしれない。あと、砂漠に落ちた銀河鉄道の夜みたいな夢も見た。どこかへ行って、帰らなくちゃいけなくなって、しかし帰れないのだ。よくある話だ。AからBを通ってCへ行く。次の瞬間には、BはDになってしまっている。そして翌日ぼくは、二日目にして早起き生活に挫折する。


