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ウォツカと眞露とピンク色のカーテンと彼女

  • 2008-03-14 (金) 0:32
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 本屋に行った帰りに、ウォツカと眞露を買った。ライムジュースを買うのを忘れた。買ってから、もう半月の間に引っ越しの準備をしなければならないことなどを思い出す。荷物にしたくはないので、飲みきらなければならないだろう。まあ飲みきるんだろう。ああ、ライムジュースがあればなあ。
 わずかな段差に歯を食いしばる。「君はいつも薄着だ」と言われたいつかのことを思い出す。自転車の前かごで酒瓶をガッチャガチャ鳴らせていると、まるで自分がどこかへ向かっているような気分になる。自分がどこかへ向かって行けるような気分になる。ローソンの青がぼくを突き刺し、習慣のような自然さで道路の対岸に目を向ける。

 駅前のローソンの前を通るとき、ぼくはいつも道路を挟んだ向かい側のアパートの、その二階のベランダをちらっと見る。ちらっと見るたびに、ちらっと見た自分に気づき、少し楽しい気分になって、口を閉じて自転車を進める。薄いピンクのカーテンが部屋の照明に透ける光景をバックに、ベランダで煙草を吸う彼女を見たことは、結局一度だけだった。

                          ☆

 友人がローソンに入っている間、外でぼんやりしていたぼくは、道路の対岸にあるアパートの、その二階のベランダで煙草を吸う彼女を見つけた。部屋からの逆光でシルエットだけになった人影は、ぼくにはすごく、ものすごく魅力的に見えた。とにかくぼくは彼女を見ていて、そして彼女の方もぼくを見ているという妄想があり、それが妄想だと気づきながらも、それを確信に変えることができるほどの熱量がそこにはあった。30秒ほどだった気もするし、5分くらいだったかもしれない。長いと言うには短すぎ、短いというには長すぎるその間、ぼくは彼女と何かを共有したような気になった。ぼくらは妄想の中で素敵な日常を過ごした。花畑の中だって踊り続けた。彼女が口元へ腕を運び、そしてまた戻す。ワンテンポ遅れて、白いモヤが宙を舞う。

 しかしローソンから友人が出てきてぼくに「さあ行こう」と言う。ぼくは、対岸のアパートの、ピンクの部屋の彼女に「バイバイ!」と言って手を振る。友人がぼくに「知り合い?」と訪ねる。「初対面」とぼくは答える。笑いながら。彼女が気怠そうに手を振る姿が目に入る。彼女が気怠そうに手を振る姿が目に入る!彼女が!気怠そうに!手を振る!

手を振った。
ああ、ぼくは死ぬんだなと、そのとき思った。

                          ☆

 あれはもう四年ほど前のことで、そこから派生したいろいろな妄想がぼくを形作りながらも、あの部屋にライトが付き、透けたピンクのカーテンが人影を照らすようなことは、結局一度もなかった。きっと、もういないだろう。そしてぼくも、半月後の引っ越しのことを思い出す。ガチャガチャとなる酒瓶がハンドルに力を加えさせる。ウォツカを何で割ろうか考える。気を利かせたシャッフルモードの iPod がゆらゆら帝国の『ハチとミツ』をターンテーブルに載せる。

偶然目と目で通じ合ったまま そのまま今でも夢中さ
君の微妙な指の動き 君の異常な白い唾液
空けた口早く閉めなよ 濡れた指早く拭きなよ
揺れるカーテンの裾が気になるぜ とても気になるぜ すごく気になるぜ

あっ今動いた あっ今止まった あっ今気づいた あっ今笑った
あけてみようか 君の頭 あててみようか? 今の気持ち

- ハチとミツ / ゆらゆら帝国

                          ☆

そういう体験が万人にあることに気づき、ぼくが『人にはそれぞれ事情がある』という真島昌利のアルバムタイトルを座右の銘に据えることを決めたのはもうしばらく後の話。

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