一時保存したが最後、まるっきり忘れ去られた日記を発掘した
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僕には、じいちゃんが三人いた。
二人は亡くなって、一人は今どうなっているのかわからない。
じいちゃんのうち一人は香川県に住んでいた。
ぼくは「四国じいちゃん」と呼んでいた。
四国じいちゃんは父方の祖父だが、父の両親は離婚している。
じいちゃんは三人で、ばあちゃんは二人だった。
二人のばあちゃんの名字は、どちらもぼくのものとは違う。
僕にはそのあたりの関係性が、16歳あたりまで知ることができなかった。
特に知りたいと思うこともなかったように思う。
四国じいちゃんの家は、小学校の中にあった。
正確には、四国じいちゃんの家の玄関の片方が小学校の敷地内にあった。
玄関の数メートル前が小学校の校舎で、大きな窓からは教室内が丸見えだった。
信じがたいけれど、とにかくそうだった。
「まぁそういうこともあるのかな」という程度に、小学生時代の僕は思っていた。
四国じいちゃんの家に遊びに行くのは、いつも夏休みだった。
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記事の最終更新日から判断するに七月くらいに書いたらしいが、ほとんど記憶にない。どうしてこんな中途半端なところで途切れているのかもわからない。ただ、どうしてこんなものを書こうと思ったのかは、なんとなくわかる。ぼくもあと半年足らずで23歳になろうとしている。
こんなものばかりを書いていた時期がある。18,9のころだと思う。ネットを探せばまだ見つかるだろうと思う。HTML直打ちだった。ぼくはとにかくその日思ったことや過去にあったことを書いた。書く行為そのものが楽しかったと言えば聞こえはいいが、面と向かってそう問われると「どうかな」と言い苦笑いをするしかないだろう。
今でも稀に、そういうものを書きたいと思うことがある。ぼくの持論に「大人は子供よりも自由だ」というものがある。書きたいと思ったことを書けなくなるのは不自由だろうか。子供のぼくは不自由さを見ないふりができた。
スーパーでカゴをランドセル背負いする。退屈そうに買い物につきあう子供を見つけてこう思う。「おまえがこれをやると、ちゃんと持ちなさいとか怒られるだろう。でも大人はな、こんなことができるくらい自由なんだぜ。夕方で涼しくなってきたから、ビールでも飲みながら歩いて帰るぜ」
決してカゴを振り回すなんて真似はしない。他のお客さんの迷惑になるじゃないか。
今書くとしても、違うアカウントで踊るだろう。『違うアカウント』ってなんだろうか。子供に聞いてみようか。
四国じいちゃんの葬儀は平日に行われた。当時はぼくも小学生だった。玄関の外には、教室の窓ガラス越しに、物珍しそうな小学生の目が無数に並んでいた。あの光景だけはいつまでも覚えているだろうなと思う。あの体験のせいで、未だに田舎の小学生には得体の知れない恐怖感がある。
四国じいちゃん家への帰省のついでに、一度か二度、レオマワールドに連れて行ってもらったことがある。あそこでフリーパスを買うと、手の甲にスタンプを押してもらえる。ぼくはそのスタンプを擦り落とそうとして、思いとどまった。そんなことしたら、乗り物に乗れなくなるじゃないか。妙なことをはっきりと覚えているもんだ。そういえば、ああいうのも帰省って言うんだろうか。



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