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12月 08Gallery [Because There was Music] を公開しました
No Music My Life.
Yes, We don’t need Music actually, on Heart.
But There was Music. At There! At that Time!
そしてそれは、けっこう素敵なことだと思う。
038 No Music My Life.
Yes, We don’t need Music actually, on Heart.
But There was Music. At There! At that Time!
そしてそれは、けっこう素敵なことだと思う。
やっとこさ承認を得られそうな研究テーマが仮決定しました。
PTAMのソースコードをがりがりいじるという地獄が待っているわけだがな!
ジオメトリック系の数学が鬼のように絡んでくるということで、数学を雰囲気で理解してきたぼくに対しては飛んで火にいるなんとやらですね本当にありがとうございます。
行列行列行列行列マトリクス行列変換行列行列!
以前は「客観視点映像提示による役者の演技稽古支援」といういかにも胡散臭いテーマを掲げていたのですが、これがもうどうにも研究にならならそうなので頓挫。
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ボツ案の概要を少しだけメモ。
ARを利用した作業支援システムの提案例は数多くあります。工場での部品組み立てや道案内、機器の操作説明から、はたまたギター演奏支援なんてものもあります。これらの提案例に共通することは「正解行動」が一意に決定するということです。まあ作業支援なんてことを言うからには、ユーザが進むべき道筋をコンピュータが理解することができ(あるいは事前知識として持つことで)、初めてそれを提示するということが可能になる。
そこでぼくが大きなテーマ(というか疑問点)として持ったのが、「正解行動が機械的に得られない(あるいは与えられない)行動をサポートすることができないか」というものでした。こういった行動の例として挙げたのが「演技の善し悪し」でした。あとは例えば、音楽の(方法論的な部分の外側の)善し悪しや、絵画や映像表現の評価なんてものもその範疇となる部分が大きいと感じています。答えがなかったり、答えがたくさんあったり、評価者の観測点によって変わったり。つまりは、人間の感性的評価によるものですね。
でもまあ、そんなもん支援することなんて普通できないわけですよ。絵画の(感性的な部分での)好みなんて人それぞれだし、「こうした方が良い!」ということが言えない。そういった感性は論理的な判断でないことが多いから。
ぼくが取った(正しくは取ろうとした)アプローチは、「そういった人間しかできない判断は人間がやればいい。コンピュータはコンピュータにできることをやればいい。たとえば、判断の材料となる情報を与える部分に注力することで効果を挙げられないか」というものです。対象として「演技」を選んだのは、視覚情報が大きな要素となるということで支援の効果が(他の例に比べて)大きく出るのではないかという理由によります。さらに、完成品ではなく練習行動、つまり演技稽古を対象とします。繰り返し実験を行うことを考えると、絵画等はマッチしないと考えました。
演技に限りませんが、こういった身体表現などは「自身を客観的に見ること」が大切であり、上級者であるほど客観視点を意識する傾向にあることが過去の研究でわかっています。ならば、稽古者に客観視点映像を、あるいはそれに類する情報をあたえてやることで支援の効果を得られないかということを考えました。演技が披露される場としては、舞台と映像がほとんどです。こういった、評価にお客さんの視点(映像の場合はカメラの視点)こそが重要であるという点も、この疑問を解く課題としてマッチしているのではないかと考えました。
機械は感性的な判断ができませんが、指針さえ与えてやれば上手く仕事をしてくれます。たとえば、「前回の稽古からどの部分が変わったのか」「客観視点の中でも特に表情を見たいので、その部分を強調して見せてくれ」といったことが可能です。それがどこまで役に立つのかは、評価の段階になってみないとわかりませんが、得られた結果からAR作業支援の対象範囲を広げる可能性を示せたら、と考えました。
まあボツなんですけどねー。だらだら書くと終わらなさそうなのでこのへんで。
さあコード読むか。