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最近興味深かったページ(2009年3月24日)

posted on 2009-03-24 04:54 | Tags :

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[Photo] Colors, Black-White をアップ / アウトプット就活刹那愉快

Photoページに、Colors、Blask-Whiteをアップしました。

更新が隔たってますが、まあ就活とかやっておるわけですね。
あまり無理をしてまで書きたいことがないというのも正直なところです。
「アウトプットは大事だ!」という文句は各地で叫ばれているところであり、ぼく自身も108ある座右の銘のひとつに数えておるわけですが、個人的な認識としては「アウトプットは大事と言えどもすべてに優先される程のものでもない」というのも最近思うところとして持っています。

最近のぼくは、楽しいならそれでいいよねーと思っています。
「今が楽しければそれでいい」という言葉は、あまり好ましくはない、坂口安吾的な堕落指向の刹那主義に近いニュアンスを浮かばせますが、全ての指向にはレベル(程度)があるように、刹那主義にもレベルがあるわけです。
そして、好ましくないほどの刹那主義に向かえ得る(そういった志向を芯から受け入れることのできる)人間は、本当に少ない。少なくともぼくの視界にはほぼいない。

幸運なことにぼくは今の就職活動を(どちらかと言うと)楽しんでおりますが、たとえばこれが苦しいものであったとしても、ぼくは就活を辞めて学校も辞めてネオニートになったりタイで暮らし始めることはないんですね。それはぼくが業務を通じてどこかの誰かに提供できるプレゼンスにわくわくしている気持ちがあり、そこへの経路として就活が必要なのであれば、多少の苦労はいとわないという気持ちがあると自分なりには考えておるわけです。
これは打算です。しかしここでぼくは打算という言葉を一切の道徳的否定を含まずに使う。もちろんここには不本意ながら世間体といった単語が影響していることを否定できないのですが、それでもなお、アウトプットをないがしろにしてもなお、ぼくはまたToDoリストにある「○○社エントリーシート執筆」という項目の優先度をひとつふたつと上げるわけですね。

この思考(もしくは志向、あるいは精神性)は私事ながら面白いものよのうと思っておるのですが、まあなんと言いますか、そういうわけです。

この「就活」という単語を他の言葉に置き換えて考えるとまた違った観点からの同様の面白さが(あるいは同様の観点からの違った面白さが)生まれ、ああ生活というものはまことに愉快よのうと思ったりもするのでした。

posted on 2009-03-23 08:58 | Tags :

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1999年、夏、沖縄/Mr.Children

歳を取ると聴く音楽も変わってきますが、年に二度ほどのペースでふいに聴きたくなる音楽がいくつかある。
というわけで僕が愛した音楽シリーズ。

15歳の頃に私的ミスチル期は終わったのだけれど、なにかの折りに桜井さんの歌が聴きたくなることがある。どうにも「ミスチルは別格」という意識があり、そういった評価の固着はアーティストとしては望むべからぬところであるのだろうけれど、それを差し置いて依然ぼくの中では「ミスチルは別格」なのである。年間に5曲も耳にしないにもかかわらず。方向性は違うが、甲本ヒロトへの思いに近いものがある。

彼らの創る音楽が好きだし、個人的に「ミスチル編曲」と読んでいる楽曲のパターン(ラストのサビ前に異なったメロディを挟む構成)も好きだし、桜井さんの瞑った目の輪郭も好きだ。ただ日常に聴くということがないだけであって。こういうのはなんて言うんだろう。ファンとは言えないかもしれない。しかしぼくがミスチルを魅力的に感じているということは事実であるようだし、できる限り続いて欲しいと願う。

人生で最初に買ったCDが、Mr.Childrenの「光の射す方へ」だった。中学生の頃だったろうか。中学校のおよそ三年間は、人生で唯一音楽をテレビやラジオで追いかけた時期だった。小学生の頃は特に自分から音楽を聴くこともなかったように記憶しているし、高校生になってすぐにブルーハーツやハイスタンダード、ゴーイングステディといった青い青い、大きなメディアで取り上げられないタイプの音楽を聴く時期に入った。中学生の三年間は、実はものすごく長いものだったのだと最近は思う。部屋の床に仰向けに寝転んで、レフトとライトが分割できるステレオのスピーカーを頭の両サイドに置いて、買ってきたCDをスタートさせ、歌詞カードを眺める。あのドキドキ感は、いつまでも覚えている。

posted on 2009-03-14 02:09 | Tags :

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最近興味深かったページ(2008-10-16)

なんかこのエントリをいつも楽しみにしてらっしゃる方が複数いらっしゃるらしく、嬉しい限り。
気になったページのタブを開きっぱなしにしていて、溜まったらエントリに書いているだけなのです。
毎日更新のニュースサイトと違い、だらだらとクオリティ重視で厳選しているつもり。主観ですが。
いつもありがとうねー。

posted on 2008-10-16 04:44 | Tags :

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領収書に金額を書くときは¥と−を忘れないようにすること

領収書を提出したとき、秘書さんに教えてもらったので共有のためにメモ。

ぼくは適当にフォーマットに従って下記のように書いて提出したんですけど

26,000  円

まあ強制ではないにしろ、社会常識としてこれはまずいみたいです。
っていうのは、『26,000』の前後にいくらでも数字を足してしまえるから。

これを防止するため、領収書に限らずそういう関係の書類には

¥26,000-

と、数字の前後に¥とー(ダッシュ)を書くのがいいって教えてもらいました。
なるほどー。いやこういうの知らないと恥ずかしくなるから本当勉強になる。

そういえば、数字の0や7は後から線を引くことで他の数字に偽装することができるので
斜めの線を引いて改変できないようにする。みたいな話も聞いたことがあります。
もっと社会に出ないとやべえなー

posted on 2008-10-15 08:07 | Tags :

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2008-10-12

就職した友人が帰ってきたので、飲み会。
何か、「この思考がそのまま何の手続きもなしにネット上に公開されれば良いのに」と思えるような何かを思いついたのだけれど、忘れてしまった。欠片も思い出せない。

今夜は空が高かった。昔の友人が「空が高いね」と言っていたのを思い出した。当時のぼくは空の高さなんて考えもしなかったので、彼女の発言に衝撃を受けた。なんてきれいな思考だろう。なんてきれいな言葉だろう、と。
椎名林檎は今でもシドのことを思っているだろうか?

ハイロウズの歌にある詩を思い出す。
「つき指をすれば 痛い/してないときより 痛い/
痛いけど 死ぬほどじゃない/それほどじゃない」

駅から家まで、歩いて二十分ほどの道程。

posted on 2008-10-13 08:06 | Tags :

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コップ半分の水

「コップがあります。半分水が入っています。どのように感じますか?」
という問いがある。聞いたことあると思う。この話題にずっと違和感があった。

「まだ半分も水がある」と感じるか、「もう半分しか水が残っていない」と感じるかによって、その人が楽観的か悲観的かを分類することができるんだという結論がよくあるけど、なんだかそれって違うよなと、幼心に思ってきた。
どう感じるかなんて、自分で決められる。「まだ半分も水がある」と感じようとすればそう感じられるし、「もう半分しか水が残っていない」と感じようとすれば、そう感じられる。
自分の感じ方くらい、自分でどうとでも決められる。陽子と電位みたいなものだ。

「そういうことじゃなく直感でどう感じますか」と聞かれたら、それはもう「コップに水が半分ほど入っている」と答えるしかない。そこに「まだ」とか「もう」が入り込むことなんてない。だって、コップには水が半分入っているのだ。コップに描かれた模様でも答えようか?それとも水の体積の方がお好み?

楽観と悲観は対極なんかじゃない。双方を同時に思うことだってできる。人間の思考はそれくらい自由なのだ。というのが、この話の教訓なのだと思っていた。残念ながら今のところそういった結論には出会っていないので、この解釈には無理があるのかもしれない。
でもぼくはこの結論が気に入っている。広まればいいなと思う。

楽観的/悲観的だという結論に違和感を感じるのは、そこで思考停止が起きてしまうからだと思いついた。行き止まりですらない、強制終了。思考の迷路を探索する小人の前に、金属のシャッターが下ろされる。さあこの話題は終わりだ。次は星座の話だよ。その次はお待ちかね、血液型の話だ!
馬鹿にされているように思う、と言えば言い過ぎだけれど、どうにもぼくは、お腹が一杯のときにニラを油で焼く匂いを嗅がされたような気持ちになってしまう。

満杯にしたければ、小さなコップを用意すればいい。
無限大に大きなコップだって用意できる。
その水を沸騰させようか?
コップ半分の水を、一気に飲み干した。どう感じる?
コップ半分の水を、川に流した。その水はやがて海に流れ着いた。どう感じる?
コップ半分の水がある。その水で、どうやってあの娘を幸せな気持ちにできる?

posted on 2008-10-11 12:42 |

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最近興味深かったページ(2008-10-11)

posted on 2008-10-11 08:06 | Tags :

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2008年7月30日(水) お尻が痛くて死ぬ/東京へ行くために/移動手段としての車が内包する不可能性と悲しみ

23時に寝て、8時に起きた。ものすごく快調らしい睡眠時間であるが、23時就寝は体の怠さのため。少し熱っぽく、関節が痛い。あと腰とお尻が痛い。これは座っている時間が(つまり姿勢の悪い時間が)長いためだと思う。このまえN久保くんが「俺はお尻が薄いからお尻が痛くて死ぬ」というようなことを言っていた。ぼくもきっとお尻が薄いのだろうと思う。いつかぼくにも、お尻が痛くて死ぬときがくるのだろう。そのときは水を入れたペットボトルを持っていこう。

8月9日に、東京でコンピュータビジョン関連の変態勉強会がある。コンピュータビジョンの変態を勉強する会、ではないので注意が必要である。しかし大差はないようにも思われる。実はお金があまりないぼくは、六千円ほどの夜行バスで移動することになるのだが、8月8日の夜行バス(JRの定番、ドリーム号あたりが)軒並み満席というていたらくであった。仕方がないので昼行バスのチケットを購入した。14時ごろに大阪を出発し、20時ごろに東京へ到着する。ぼくはその間、のんびりと車窓をながめながら輪講資料の準備(英語論文の翻訳)にいそしもうというわけである。たぶんビールとか買って昼酒しちゃうのだろうけれど。

ぼくが車という移動手段を極端に嫌うのには、大きく3つの理由がある。
『移動しながら別の作業ができない』『アルコールが飲めない』『高慢な感じがする』
アルコールを除く2つの理由については小学生のころには意識されていたのを覚えている。ぼくにとって移動時間というのはイコール読書時間であった。読書できない移動時間なんてものは、睡眠障害な雌牛のクシャミほどの役にも立たず、それこそ移動しない方がマシなのだという評価だった。これは当時のぼくの評価であって、絶対的にこうだという主張ではないということを述べておく。

IVRCのミーティングがあり、I垣くんとぼくは波紋をプログラミングすることになった。プログラムの仕様を考えるのは楽しい。もしかしたらコードを書くことよりも楽しいかもしれない。ぼくはプログラマ向けではないのだろう。
夜はプログラミング演習の課題をやった。自動販売機のシミュレーションを、見よう見まねのjavaで書いた。なんとなくでも書けるのがすばらしい。ある問題を、適度にシステマティックでロジカルな方法論で解いていくのは気持ちがいい。パズルゲームのようなものだろう。

レポートを書きながら、ニコニコの料理動画とウテナを少し見た。自宅でのデュアルディスプレイは効率が下がる。サブディスプレイで動画を再生するためだ。

posted on 2008-08-02 08:16 | Tags :

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ファッキン☆クレジットカード至上主義

東京行きの夜行バスが満席

贅沢だけど新幹線かなあ

チケット買うのにクレジットカードがいる

めんどうなので後で考えることにする

東京の環状線県内はFONが使えたはず

じゃあFON登録しよう

FON登録した

FONのルーターってamazonで売ってるのね

包丁研ぎと一緒にポチっとする

代理店なのでクレジットカード支払いのみ

なんてこった

「なんてこった」のAAを探す

/(^o^)\

クレジットカードどれ買えばいいのか調べる ←いまここ

果たして来週の東京行きに間に合うのか(無理だろなあ)

– – –

追記:
FONはどう考えても間に合わないので、FON側のネットショップから代引きで注文した。
手数料と郵送料で千円余計に取られたぜこれもクレジットカードと民主主義のせいだ!
腹立たしいのでアンジェラアキにどうでもいいことを喋らせる。

posted on 2008-07-30 08:14 |

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