2008.11.18

Kansai.ARがけっこう危なくて、ゼミが迫っていて、SLAMは数式がわからなくて、納豆スパゲティを食った皿を洗わないから部屋が納豆臭い中、マキネッタが届き偽エスプレッソで胃が焼ける。

管理人が我を見失ったようです。
それにしても最近、管理人とか言わなくなったね。

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Kansai.ARが開催の危機ですよー!
なんと発表者がいない!現状で二人とかプギャー!
しかし今ちょっと立て込んでてそれについて言及できないんだぜ困った!
誰か何でもいいから喋ってください><
もうこの際、AR漫才とかでいいから!

まあ規模縮小は避けられんのかのう。
当初から思ってたけれど、さすがに13時から17時まるまる使うってことはないと思う。
もうちょい短くなるよねー。うわースケジュール組まなきゃー。

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学校のゼミ発表で、おそらく「Improving the Agility of Keyframe-based SLAM」(Georg Klein and David Murray)の論文紹介を行うことになりそうです。
今をときめくPTAMの作者の、一番新しい論文ですね。このページから読めます。
どうこう言うよりも↓の改良と言った方がいいのだろうか。まだ精読してないからわからないけど。
『攻殻機動隊』『電脳メガネ』どころではない拡張現実感技術の現在

『SLAMの手法に加えて、エッジ特徴量やらフレーム間回転推定器(inter-frame rotation estimator)やらを用いることで、素早いカメラ動作でもトラッキングしつづける性能(agility)を実現した』というのが要旨です。たぶん。
今はこれをちまちま理解していってるところ。英語に加えて見たことない数式がちと辛い…。
ゼミが終わったら資料は公開するつもり。

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これに就活イベントなどなど、様々な要因が重なり、皿はいつまでも洗われないままであり、ぼくの睡眠の質は低下の一途を辿るわけですね。

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マキネッタが届いたぜトゥデイモーニング!

モン・パス・タン エスプレッソメーカー(3人用)
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  • 価格: ¥ 1,575
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  • おすすめ度 4.0

つぎは極細挽きができるミルが欲しい。やっぱ手動じゃ限界がある。

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さあ行くぞ限界の向こう側だー!

2008.08.09

アキバの片隅でオワタ\(^o^)/と叫ぶ心の中で

三泊なのに携帯の充電器わすれたぜ\(^o^)/
ad[es]の充電器なんて売ってねえよ\(^o^)/

ネットカフェなのにぼくのmacがネットに繋がらない\(^o^)/
スライドできてない\(^o^)/
もう午前二時だ\(^o^)/

2008.08.07

こまんたれぶー

研究ミーティング無事に終わったぜひゃっほー寝てないぜー
昨日の九時から三時にかけて六時間くらい考えた案でなんとかなった
やっぱりぶっ続けで考え続けるのは死ぬほど疲れるけど報われたときの充実感はすげーなー
ミーティングしながら五秒くらいの夢を七回くらい見たけどな

まだ講義の課題あるから寝れないぜー

2008.06.24

川のあっち側から見たあっち側がこっち側

「働きマン」を四巻まで読んだところで朝刊が届いた
一番安いサントリーウイスキーをグラスへ
それと 水を半分

富士山麓は樽の香りがしつこいくらいに強くて
でもそれがブルーチーズによく合う
ブルーチーズなんてものは名前が先攻してしまっているのだけれど
全然おしゃれじゃなくて あれはむしろ塩辛に似ている
賞味期限なら一ヶ月前に切れている
カビが内部まで育っていて楽しくて旨い

スネオヘアーの Over the River のPVがすごく好きなんです。
どうしてだか、自分の分身を見ているような気分になる。
分身という単語が少し違うかも。外された選択肢、かな。
定期的に見返している

2008.06.16

くっしゃくしゃにしてやるぜー

今日もおつかれー

明日もよろしくー

2008.05.28

本当に考えたい

深く深く考えたいと強く思う。
長考中の棋士のように。
追いつめられた武将のように。
400年後の世の中に役立つための新分野を切り開く、数学者のように。

 「考える」という言葉を非常に安易に使っている人が多いと思う。学生に「考えてきたか?」と尋ねると、「考えましたが、ちょっと良い案を思いつかなくて」と言う。「じゃあ、悪い案を幾つか見せなさい」と言うと、きょとんとした顔で、「いえ、悪い案も思いついていません」と言う。「考えましたが、まだ、ちょっとまとまらなくて」と言うから、「では、まとまらないものを見せて下さい」と言っても、たいてい見せてもらえない。
 こういうのは、僕の場合「考えた」とはいわないのである。
 「いろいろ考えてはいるんですけどね」と言い訳する人には、その「いろいろ考えたものを見せてくれ」と頼む。ところが、たいていは、せいぜいあっても1つしか案がない。1つの案しかないのに「いろいろ」なんて言うなよ、と思う。1つでは選べない。これでは何を考えていたのか、問いたくなる。

 多くの人が言う「考えた」というのは、「考えようとした」のことらしい。同様に「悩んだ」も「悩もうとした」である。否、たとえ考えようとするだけでも、100時間くらい考えようとしていれば、なにかは実際に考えるだろうし、そして、考えれば、なにかは思いつくだろう。きっと具体的な案がいくつか出てくるはずだ。ほんの一瞬だけ考えようとしたくらいで「考えた」なんて言わないでほしい。

MORI LOG ACADEMY: 本当に考えたの?

新しいアイディアを生み出すというクリエイティブな作業を想ったとき、どうも「落ち着ける環境でリラックスして〜」といったような文脈の、口当たりのいい意見が目立つ。ぼくもけっこうそれに踊らされていたところもあるんだけれど、ひとつ気づいたことがある。

眉間に皺を寄せて、体を縮み込ませて、非日常的な脳への血流を感じながら、フルスピードで考えるといった作業こそが、本質なんだと思う。考えて、考えて、考えて、考える。もうこれ以上考えられないというところを超えて、さらに考える。歩きながら必死で考える。ご飯を食べながら必死で考える。死に物狂いで考える。
そういう積み重ねがあってこそ、疲れ果てて少しリラックスしたときのヒラメキがある。気楽な議論の中で突然浮かび上がる、ものすごいアイディアがある。

浮かばないのは考えてないからだ。
以上、自戒の意味を込めて。精進しないと。

 沢山の具体案を考えることは、無駄なようでけっして無駄ではない。採用されなかった案が、その人の将来の持ち駒になるからだ。

MORI LOG ACADEMY: 本当に考えたの?

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