2008.07.07
キュートなレジの女の子に関する物語と暑い部屋の日曜日

起きたら部屋が暑かったので一時ごろから難波に行った。ハンジローと無印に寄った。難波パークスに行くつもりだったけれど、来週末に攻殻の映画を見に行くことを考えて避けた。あとはそのへんをぷらぷらした。帰りにまたグルメシティというスーパーに寄った。ピールとジンジャエールを買った。ぼくは実はシャンディーガフ(ビールとジンジャエールのカクテル)が大好きなのだけれど、恥ずかしくてあまり人には言えない。それを人に伝える理由も、まあ思いつかない。
シャンディーガフの魅力は四点ある。ひとつめは、ビールに何かを混ぜるというちょっとした背徳感。ふたつめは、背徳感の向こう側にある見た目の美しさ。みっつめは、麦芽とショウガという微妙に異なる二種類の苦みがギリギリの節度を保ちながら混ざり合い、しかしジンジャエールの僅かな甘さのために決して混ざり合いすぎるということがなく、それぞれの存在をスパイラル的に強調し合うという奇跡をやってのけるという点。さいごの一点は、安上がりということだ。ジンジャエールはウィルキンソンのやつがほしかったのだけれど、コカコーラの500ミリペットしかなかった。
部屋に戻ると七時前だった。やっぱり部屋は暑かった。

そう、そのときのスーパーのレジの女の子がすごくかわいかった。目から耳へのラインがキュートで、肌が杏仁豆腐みたいだった。女の子を目にしたとき、その子にまつわる物語が浮かぶ子と、そうでない子がいる。前者の女の子は大抵、魅力的だ。それは前者と後者でどちらが上か下かというわけではなくて、たとえば広末涼子なんてのは、自分から不幸に向かって行くようなオーラがある。しかし彼女は魅力的だ。そしてレジの女の子はやはり魅力的だった。
「……はいかだいたしますか?」
彼女が何か言ったがぼくには聞き取れない。
「え?」
「ドライアイスはいかがいたしますか?」
彼女の手にはトップバリューの安物アイス198円が握られている。ぼくは素早い笑顔で「結構です」と答えた。「結構です」という定型語が素早く口に出せるようになったのは、いつからだろう? ぼくは初め、意識してその言葉を使い始めたんだ。そういう言い回しがなんだかとてもスマートであるかのように思えたから。もうぼくの一部になっている。そういう言葉が、たくさんある。歳を取ったのだと思う。キュートな女の子に笑いかけることができるのなら、そういうのも悪くないなと思う。
帰ってきて、野菜炒めを暖めて白米と一緒に食べた。どうしてか、買ってきたばかりのビールは飲む気にならなかったので昨日の蕎麦焼酎を飲んだ。一番切羽詰まっているタスクであるところの、脚本書きを進めた。ぼくはどうやら最期の仕事で、監督兼役者というややこしい道を選んだらしかった。調子が乗らなかったので、二枚目のディスプレイでうる星やつらビューティフルドリーマを見ながら作業をした。ものすごく面白かった。シャワーを浴びた。香を焚いた。豚しゃぶとキャベツのサラダを食べた。ビューティフルドリーマーと関連するが、何度でも連続していいと思える日曜日だった。犠牲にしているものはきっとたくさんあるのだけれど、結局のところぼくらには明日や明後日や来週や来月がどうしようもなくやってくるので、それらはゆっくりと取り返していくしかないように思える。とりあえず手始めとして、明日の朝はコーヒーを挽くのがいいと思う。
「おやすみ。」とジェイが言った。「ねえ、誰かが言ったよ。ゆっくり歩け、そしてたっぷり水を飲めってね。」
鼠はジェイに向かって微笑み、ドアを開け、階段を上る。街灯が人影のない通りを明るく照らし出している。鼠はガードレールに腰を下ろし、空を見上げる。そして、いったいどれだけの水を飲めば足りるのか、と思う。— 『1973年のピンボール』 村上春樹





