2008.11.09

macbookさん緊急入院/一週間ののち本気出す

バッテリー周りのトラブルで、心斎橋apple storeに持ち込んだところ、
どうやら本体側のハード(たぶんロジックボード)もいかれていたようで
一週間の入院と相成りました。
データの保障はないけれど、タイムマシンに突っ込んでおいたから大丈夫。

バッテリー不良は以前から稀にある初期不良らしく、周りにも発生が一件。
しかたなく、五年ほど前に購入したデスクトップのデル子さんを起動。
わけのわからないくらい重かったので、OS総入れ替え。
firefoxもtab mix plus と greasemonkey のみの最小構成にし、なんとか快適。
コードは書けないけれど。
windowsっていうだけでショボく見えて困る。

- - -

ユニクロで靴下を五足購入。
レッドクリフを鑑賞。
ルナティック雑技団を読了。
王立宇宙軍(オネアミスの翼)を鑑賞。

慢性的な不良が少し。二ヶ月ほど続いているので医者に掛かる必要があるかもしれない。

ニット帽と手袋と、就活に使えるカバンがほしい。
ピンとくるものがないが、そもそもカバンにピンときたことなんて今まで二度ほどしかない。
「○○したら本気出す」というのは使い古されたテンプレートではあるが
テンプレートにはテンプレートなりの役割と期待がある。

- - -

「一年ののち」(サガン著)のジョゼが、一目見たときから嫌いだった。
つまりこれからは、好きになることしかないだろう。そちらの道しか残されていない。

- - -

およそ一年前、初めて勉強会というやつに参加したらしい(オライリーJavaScript第5版読書会#1に参加してきました。
そして一年ののちに妙な勉強会を起こすことになる。

驚くべきことに、ぼくの日記は2001年以降すべてwebに公開されている。なんという悲劇だろう。
5年前の今日は「真理先生」(武者小路実篤著)を読んでいたらしい。
4年前の日記の書き始めは「なんなんだチョコボール!今日はキスをしました」だった。
時期的にキスはしていないだろう。どうしてこんなことを書いたのかはわからない。

- - -

macbookが帰ってきたら本気出す。

2008.10.13

2008-10-12

就職した友人が帰ってきたので、飲み会。
何か、「この思考がそのまま何の手続きもなしにネット上に公開されれば良いのに」と思えるような何かを思いついたのだけれど、忘れてしまった。欠片も思い出せない。

今夜は空が高かった。昔の友人が「空が高いね」と言っていたのを思い出した。当時のぼくは空の高さなんて考えもしなかったので、彼女の発言に衝撃を受けた。なんてきれいな思考だろう。なんてきれいな言葉だろう、と。
椎名林檎は今でもシドのことを思っているだろうか?

ハイロウズの歌にある詩を思い出す。
「つき指をすれば 痛い/してないときより 痛い/
 痛いけど 死ぬほどじゃない/それほどじゃない」

駅から家まで、歩いて二十分ほどの道程。

2008.10.11

コップ半分の水

「コップがあります。半分水が入っています。どのように感じますか?」
という問いがある。聞いたことあると思う。この話題にずっと違和感があった。

「まだ半分も水がある」と感じるか、「もう半分しか水が残っていない」と感じるかによって、その人が楽観的か悲観的かを分類することができるんだという結論がよくあるけど、なんだかそれって違うよなと、幼心に思ってきた。
どう感じるかなんて、自分で決められる。「まだ半分も水がある」と感じようとすればそう感じられるし、「もう半分しか水が残っていない」と感じようとすれば、そう感じられる。
自分の感じ方くらい、自分でどうとでも決められる。陽子と電位みたいなものだ。

「そういうことじゃなく直感でどう感じますか」と聞かれたら、それはもう「コップに水が半分ほど入っている」と答えるしかない。そこに「まだ」とか「もう」が入り込むことなんてない。だって、コップには水が半分入っているのだ。コップに描かれた模様でも答えようか?それとも水の体積の方がお好み?

楽観と悲観は対極なんかじゃない。双方を同時に思うことだってできる。人間の思考はそれくらい自由なのだ。というのが、この話の教訓なのだと思っていた。残念ながら今のところそういった結論には出会っていないので、この解釈には無理があるのかもしれない。
でもぼくはこの結論が気に入っている。広まればいいなと思う。

楽観的/悲観的だという結論に違和感を感じるのは、そこで思考停止が起きてしまうからだと思いついた。行き止まりですらない、強制終了。思考の迷路を探索する小人の前に、金属のシャッターが下ろされる。さあこの話題は終わりだ。次は星座の話だよ。その次はお待ちかね、血液型の話だ!
馬鹿にされているように思う、と言えば言い過ぎだけれど、どうにもぼくは、お腹が一杯のときにニラを油で焼く匂いを嗅がされたような気持ちになってしまう。

満杯にしたければ、小さなコップを用意すればいい。
無限大に大きなコップだって用意できる。
その水を沸騰させようか?
コップ半分の水を、一気に飲み干した。どう感じる?
コップ半分の水を、川に流した。その水はやがて海に流れ着いた。どう感じる?
コップ半分の水がある。その水で、どうやってあの娘を幸せな気持ちにできる?

2008.08.04

2008年7月31日(木) 講義消失/梅田面談/駅と自室の間では

3時に寝て、13時に起きた。ずいぶんとたくさん眠ったものだ。
13時半から講義が入っていたので、昼ご飯を食べずに学校へ向かった。教室へ入ると、誰もいなかった。学期最後の授業で、本当に開催されるのか疑わしいタイミングであったので、ある意味予想道理であったといえる。そのまま自室へ戻る。昼飯はキムチとナメタケとキュウリの酢の物と白米だった。昼飯を食いながら、大根とベーコンをコンソメで煮たものを作った。熱っぽさは去ったが、今日は頭が痛い。

17時半ごろから梅田へ出かけた。自室を出るときに、宿舎の前にいる猫にエサをやった。今関わっている映像の、役者候補の人と面談をしてきた。スケジュール周りで不安はあるものの、OKを貰えて一安心。ジュンク堂へ寄って、近鉄経由で帰った。地元の駅に帰ってきたのが22時ごろ。
駅から自室までは歩いて30分近くかかる。いつもは駅に自転車を置いていくのだが、今日はなんとなく徒歩だった。駅前のコンビニで、ビール(一番搾り350ml)とタラタラしてんじゃねーよを買って、飲みながら歩いた。なかなかに楽しかった。ビールとタラタラしてんじゃねーよは意外と合わなかったが、どうせ足しても250円だ。やっぱり頭が痛かった。
歩きながら、割と重要なことを考えた気がする。就職のことや、子供のことや、ブログのことや、宗教のことや、未来のことを。あまり覚えていないが、こういう時間が必要なのだろう。

宿舎の帰るとクーラーがつけっぱなしだった。多めに入れたエサは、半分くらい残っていた。晩飯を食べていないので、昼に作った大根や冷凍の焼きおにぎりや枝豆をつまんだ。

2008.08.02

2008年7月30日(水) お尻が痛くて死ぬ/東京へ行くために/移動手段としての車が内包する不可能性と悲しみ

23時に寝て、8時に起きた。ものすごく快調らしい睡眠時間であるが、23時就寝は体の怠さのため。少し熱っぽく、関節が痛い。あと腰とお尻が痛い。これは座っている時間が(つまり姿勢の悪い時間が)長いためだと思う。このまえN久保くんが「俺はお尻が薄いからお尻が痛くて死ぬ」というようなことを言っていた。ぼくもきっとお尻が薄いのだろうと思う。いつかぼくにも、お尻が痛くて死ぬときがくるのだろう。そのときは水を入れたペットボトルを持っていこう。

8月9日に、東京でコンピュータビジョン関連の変態勉強会がある。コンピュータビジョンの変態を勉強する会、ではないので注意が必要である。しかし大差はないようにも思われる。実はお金があまりないぼくは、六千円ほどの夜行バスで移動することになるのだが、8月8日の夜行バス(JRの定番、ドリーム号あたりが)軒並み満席というていたらくであった。仕方がないので昼行バスのチケットを購入した。14時ごろに大阪を出発し、20時ごろに東京へ到着する。ぼくはその間、のんびりと車窓をながめながら輪講資料の準備(英語論文の翻訳)にいそしもうというわけである。たぶんビールとか買って昼酒しちゃうのだろうけれど。

ぼくが車という移動手段を極端に嫌うのには、大きく3つの理由がある。
『移動しながら別の作業ができない』『アルコールが飲めない』『高慢な感じがする』
アルコールを除く2つの理由については小学生のころには意識されていたのを覚えている。ぼくにとって移動時間というのはイコール読書時間であった。読書できない移動時間なんてものは、睡眠障害な雌牛のクシャミほどの役にも立たず、それこそ移動しない方がマシなのだという評価だった。これは当時のぼくの評価であって、絶対的にこうだという主張ではないということを述べておく。

IVRCのミーティングがあり、I垣くんとぼくは波紋をプログラミングすることになった。プログラムの仕様を考えるのは楽しい。もしかしたらコードを書くことよりも楽しいかもしれない。ぼくはプログラマ向けではないのだろう。
夜はプログラミング演習の課題をやった。自動販売機のシミュレーションを、見よう見まねのjavaで書いた。なんとなくでも書けるのがすばらしい。ある問題を、適度にシステマティックでロジカルな方法論で解いていくのは気持ちがいい。パズルゲームのようなものだろう。

レポートを書きながら、ニコニコの料理動画とウテナを少し見た。自宅でのデュアルディスプレイは効率が下がる。サブディスプレイで動画を再生するためだ。