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誰に会いたい?
毎年お知らせしていますが、12月8日はジョンレノンの命日です。
先週の撮影中、待機していたときに他の役者さんたちと話していて思ったのだけれど、「誰に会いたい?」という問いはとてもおもしろい。
はじめは椎名林檎、浅野忠信、スティーブジョブズ、村上春樹、トムヨーク、天皇陛下、荒木飛呂彦あたりの名前がぽんぽんと出るのだけれど、最後にはやっぱりジョンレノンが残った。あと坂本竜馬。仏陀。ダヴィンチ。未来人。あたり。具体的に考えてみると、思ったより少ない。
「浅野/chara夫妻と朝食を同席していたら、小林聡美が食パンを焼いてくれて、YUKI/YO-KING夫妻が遊びにやってきて、もうなにを喋ったらいいのか分からなくなってしまいたい」という素晴らしいシチュエーションも。
「自分に会いたい」っていう答えは優等生。
メイコ姉さんすげええええ
YouTube - アンインストール(VOC@LOID ver.)
ニコニコ動画(RC2)‐アンインストール (VOCALOID ver.)
初音ミクは騒ぎすぎで辟易しているのだけれど、メイコ姉さんの調教がすごいレベルに達しているようです。
YouTube - Sweet Ann Crazy
VOCALOID関連では、英語版のSweet Annも結構すごい。
英語聞きなれてないだけだろという意見もある。
「ペーパーレス社会っていうけど、プリンタの開発で紙はむしろ増えたじゃないか」という人がいて、「ペーパーレス社会はくるよ」という人がいて、「現在はまだまだだけれど、数百年というセグメントで見れば、生活がペーパーレスの方向に向かっていくことは疑いようがない」という人がいる。
「○○っぽいなー」というひらめきに関する一考察とプログラミング言語の変態性
「○○っぽいなー」は変態だ

たとえばファッション分野に明るい人と一緒に街を歩いてると、前を歩く人のなんの変哲もないポーチを指して「あれは○○(ブランド名)の作品だよ、良いものだよ」とか教えてくれたりするわけです。建築に詳しい人なら「あの建物、○○(人名)っぽいなー」と呟き、後日に「やっぱりそうでございましたわ」などと知らせてくれるわけです。映画でも絵画でもインダストリアルデザインでも、ぱっと見で「○○っぽいなー」と感じる瞬間があるようです。
ぼくは上記のような創作物に疎いために、そんな「○○っぽいなー」という呟きを理解できず、「わあ!変態だ!変態がいる!」という程度に捉えていたわけです。
ぼくも変態だった
しかし、よくよく考えると、この「○○っぽいなー」というやつは、自分にも往々にして感ぜられる。
たとえば向井秀徳サウンド特有の、枯れ木を脱水機にかけたような乾いた感触と、変態的変拍子。
村上春樹および春樹チルドレンと呼ばれる作家たちの、カカトに体重をかけながら奥歯を付けずに喋るかのような言い回しと、世界観。
このように、どうやら自分が「趣味です」と言ってのけるような分野に関しては、「○○っぽいなー」というひらめきが起きたりする。やっぱりある程度数をこなしていると、新しいものを見たときに自然とどこかの引き出しに収めようとするものらしい。ピンボールやパチンコの台がイメージとして近い。その分野に関して全く素人であるときは、台に一本の釘も打たれていないために、球はすとんと下端へ落ちる。数をこなせば釘が増え、それぞれの球の落ちる位置が変わる。ああ○○に近いなこれは。
さらなる変態へ
これと同様のことをプログラミング言語で説明しようとすると、一気に変態度がアップするようです。
なお、コードの例は異なった動作のプログラムの一部分を抜粋したものです。適当に引っ張ってきました。
変態さを上げるため、インデントや改行をいじってあります。
「そのコードならこうも解釈できる」等のツッコミには対応できません><
#include <deque>
using std::deque;void p(int n) {
dequeq;
while (n) {
int a = n%27;
int b = n/27;
if (b && !a) { return; }
うーん、見事なまでにC++ですね。見たまんまですね。
public class Sample {
public static void main(String[] args) {
int[] a = new int[8];
for (int i = 0; i < a.length; i++) {
a[i] = Integer.parseInt(args[i]);
} Rectangle r1 = new Rectangle(a[0], a[1], a[2] - a[0], a[3] - a[1]);
main付近がJavaっぽさを主張しています。
var d = new Date;
var t = 86400000;
var ds = [d];
do ds.unshift(d = new Date(d.getTime() - t)); while(d.getDay());
d = ds[ds.length - 1];
while(ds.length<7) ds.push(d = new Date(d.getTime() + t));
JavaScriptですね。よく見かける雰囲気ですね。
def stars(n)
2*n-1
enddef pyramid(n)
1.upto(n) do |i|
puts(("*"*stars(i)).center(stars(n)))
end
end
pyramid(10)
うーんrubyくさい。1.upto(n) do |i|のあたりなんてたまりませんね。
sub p {
my $n = shift;
my $w = 2 * $n - 1;
for (my $m = 1; $m < = $n; $m++) {
my $sw = ($w - (2 * $m - 1)) / 2;
printf("%s%s%s\n", " " x $sw, "*" x (2 * $m - 1), " " x $sw);
}
}
おっと抽象的でよくわかりませんね。perlかphpでしょうか。
「このコードは何言語でしょーうかー」というゲームはギークに受けるかもしれない。
そして少なくとも「この椅子のデザイナは誰でしょうかー」という問いの数倍は変態的に見える。
SM考
つまるところサド・マゾへの分類は、性格としてのSM属性と、性的なSM属性という二つのパラメータを持っているものと考えられる。それぞれを「キャラクタ」「セクシャル」と言い換えるといくらかイメージしやすい。
キャラクタとしてのSM属性は、自覚が容易である。『自分の胸に聞けばよい』
セクシャルなSM属性は、これが曲者なのだ。『ベッドの上でしか出てこない』
そもそもこれは性癖性的嗜好の話である。両者が逆の属性を持つことは、至極合理的なことのように思われる。
☆
ダーツの矢を握っている。2メートル先に、友人がこちらを背に立っている。
ぼくは彼/彼女の背に向かってダーツの矢を投げるだろう。
笑いながら。
さてぼくは、ベッドの上でもそれをするだろうか?
もちろん、上の比喩は間違っている。どこにもたどり着かない。
しかしこの言葉をたびたび自問していくことは、我々に新たな視点と認識を与えてくれよう。
「さてぼくは、ベッドの上でもそれをするだろうか?」
- トリスダータ・ヒューゴ/百の赤に向かって
オリジナリティ
(前略)
他人に認めてもらいたいという欲求が生まれてくると、受け手のニーズに応えるようなものを描くようになる。褒められた部分を活かし、非難された部分を消していく。一言でいうと、「世間擦れ」である。ようするに丸くなる。万人に受け入れられやすいものに形を変え、オリジナリティはさらに弱まり、普通のもの、多く存在する価値に近づく。
そうでなくても、既に成功を納めている作風から学ぶ機会が多くなる。こうすれば認められるのか、という学習をするので、認められやすいファクタを取り込もうとする。あるいは、逆に、こんなものが少ないのでは、というアンチのベクトルで、自分の作風を調整する場合もある。「オリジナリティを出そう」という行為は、こういった修正によって、実はオリジナリティをさらに薄めることだ。
オリジナリティというのは、持って生まれた先天的なものと、他人との比較など、外界の条件によって生まれる後天的なものと、どちらが強いだろう。おそらくは圧倒的に後者だと思う。ただ、それらを取り入れる目(意思)に、先天的な才がある。そこはなかなか学べない。この天才的な目によって、オリジナルが修正される。どんな天才的なものも、オリジナルのままではけっして誰にも理解されないからだ。
Quoted by MORI LOG ACADEMY: オリジナリティ
読んだ直後は、「その通りだなあ、的を突いてるなあ」とおもった。
今は少し違和感。
ちょっと考えてみる。
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