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『家具の本(内田繁)』読了メモ
- 家具の本
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- 発売元: 晶文社
- 著者: 内田 繁
- 発売日: 2001/10
内容
インテリアデザイナーである内田繁氏が、デザインを前にしてさまざまに思考が揺れ動いた軌跡を描いた本。
けっこう軽く読めた割には、内容が頭に残る。特に「消える家具」の項。
デザインの歴史
二十世紀のはじめあたりから「文化の無国籍化」が起き、世界中が全て同じような暮らし、同じような考えに向かっていった。グローバル!とか言ってりゃいいんだろ的な。
これは「近代」という時代の出発点としては効率的に働いたが、デザインとの関係性の上で問題が起きる。
その結果「何にもとらわれることのないデザインをしてみたい」「見たことも経験したこともないようなものを創りたい」「既成概念からの脱却」「形からの解放」といったテーマが流行ることになる。
ていうか文化のないデザインって、それはデザインなのか?どうなん?それ。

フリーフォームチェア
デザインとは
「デザインとは、まず、人間の行動・思考に関する人類的考察があり、そのビジュアル表現がデザインである」
「臨床医学的デザイン」というのは、いわば対処療法としてのデザイン。目の前に風邪をひいた人がいて、その風邪をいかに早く、上手に穏やかに治せるのか、という立場。日本人はけっこう得意。
「病理学的デザイン」というのは、いつか起こるであろう問題を扱う。ある人は表面的には風邪なんだけれども、本当はこの人は体内にもうちょっと違ったものを抱え込んでいて、結果として風邪の症状を示しているんではなかろうかということを考え、その根源的な問題を追及する。あるいは、将来起こるであろう新種の病を予想して地道な研究をする、といった立場。西洋の人たちの得意な領域。
漢方医学というのは、病理学と臨床医学とを同時に併せ持ったものである。デザインもこうした分離をせずに、漢方医学的な立場で行うことが理想である。
空間とデザイン
まず空間をつくる。あとはそこに家具を入れれば完成だ、というところになって、いざ家具を入れてみると、想像とは全く異なった空間になってしまう。
ここから、「できるだけ空間に影響を与えない家具」と「そのものが空間を表現できるくらい存在感のある家具」という二つの発想が得られる。
「家具を消したい」
物でありながら形の印象をなくしていくということは、ピュアな形態に回帰していくということ。たとえば椅子なら、認識としての椅子、椅子という概念そのものをポンと取り出して形にしたもの。
椅子の「通俗的要素」。イデア化された家具。

セプテンバー

nextmaruni (影シリーズ)
工場が魅力的に見えるのは、造形に人間の恣意的感情があまり入っていないから。
建物とパイプと煙突のバランスを取ろうなんて思っていない。そういうものには独特の魅力がある。
デザインの上で恣意性を排除するためには、引用をつかうしかない。
たとえば、イタリア半島の形をしたテーブル。琵琶湖の形をした皿。
日本のデザイン
日本の文化は、外から入ってきたもの、外来文化と共生するということによってつくられたもの。
しかし日本人は外から入ってきたものを捨てた経験というのは一度もない。
選択はするが、基本は全部を内包していって、消化して、新しい文化にしていくという流れがあった。
日本文化は非対称文化であるといわれる。
たとえば中国では陰陽というふうに対称構成になるところを、日本の場合は両者を両義的に重ねてあるときふと逆転させるようなところがある。
茶室・茶の湯は、侘びるという面がありながら、もう一方でハレの時間と空間でもある。
ハレと日常、ハレと侘びを一緒に入れ込んで、いつでも変換できるようにしてしまうところに、日本文化の奥行きがある。
ハレとケ - Wikipedia
日本の空間概念の基本は「ウツ」。ウツとは日本の古語で、空とか空虚、無を表す言葉。ウツロイ、ウツワといった言葉に転換される。ウツワは中がからであるがゆえに、さまざまなものを取り入れることができる。
そうした「ウツなる空間」に物を入れていくことで、時間や空間をつくっていく。
日本の空間は、常に変化することを想定して作られた。その変化の最大要因は四季。
四季の中でのさまざまな変化に対応した生活を実現するためには、さまざまな道具が必要になる。
衣替えだけでなく、夏障子のように建築すらも変化する。「変化」が重要なキーワードになる。
本土を他国から攻められるという歴史がなかったということも、外国との比較について重要な要素だと思う。
これからは、二十世紀の「強過ぎた」「固過ぎた」文化から、もっと微細な感覚へ移っていく。
その流れの中で、日本文化の色が活かせるはず。
なんだかんだ言って、「間」や「侘び」といった概念に代表されるように、日本文化にはすごく独特なところがある。
デザイン関連の本を読んでいくと、こういう記述はほんとよく出てくる。
シルクロードの端という土地柄もある。
ローマからの文化伝承が、他国の文化も吸収して、端の日本にたどり着く。
カオスの中から独自の文化を育てていった。
そこに三百年の鎖国があり、文化に磨きがかかった。
三百年平和が続いたっていうのも世界的に見ると異常。ありえない。文化育てすぎ。
と思ったら開国、明治維新での「痛みを伴う」どころではないものすごい文化改革。
あれよあれよと言う間に戦争、敗戦を経て欧米化。ここで高度成長ドーン!
GDP1位ってまじかよこんな極東の敗戦国が。
あー公害とかバブルとか終わってぼちぼち落ち着いたー。
でもなんか豊かすぎて文化すっげえ多極化しちゃったりしてるよ。←今ここ
次のステージ行こうぜー。
でも実際こんな感じ。日本文化やばい。すごい。
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